忘れてはならない日

2016年3月11日

河端孝幸のひとりごと

忘れてはならない日

平成23年(2011年)3.11

この日は、日本全国民が衝撃を受けた日。その日の私は、車を運転していて偶然聞いてたラジオからその知らせを聞いた。

ただ事ではない!

どこをどう走り、どのように運転をしていたか、あまり記憶がない。

とにかく家族への連絡、社員の中の東北出身者への連絡、今では違反も甚だしい事ではあるが、運転しながら、携帯でその連絡をしていた。

一年後平成24年(2012年)3.11の読売新聞の一面の記事

そのまま掲載いたします。

 

 

使い慣れた言い回しにも嘘がある。

時は流れる、という。

流れない「時」もある。雪のように降り積もる

 

♦<時計の針が前にすすむと「時間」になります/後にすすむと「思い出」になります>。

寺山修二は『思い出の歴史』と題する詩にそう書いたが、この一年は詩人の定義にあてはまらない異形の歳月であったろう。

津波に肉親を奪われ、放射線に故郷を追われた人にとって、震災が思い出に変わる事は金輪際あり得ない。

復興の遅々たる歩みを思えば、針は前にも進んでいない。

今も午後2時46分を指して、時計は止まったままである。

 

♦死者・不明者は約2万人・・・・と書きかけて、ためらう。

命に「約」や端数があるはずもない。

人の命を量では語るまいと、メディアは犠牲者と家族の人生にさまざまな光をあててきた。本誌の読者はその幼女を知っている。

<ままへ。いきているといいね おげんきですか>。

行方不明の母に手紙を書いた岩手県宮古市の4歳児。昆愛海ちゃんも今は5歳、5月には学齢6歳になる。漢字を学び、自分の名前の中で「母」が見守ってくれることに気づく日も遠くないだろう。

成長の年輪を一つ刻むだけの時間を費やしながら、今なお「あの」ではなく「この」震災であることが悔しく、恥ずかしい

 

♦口にするのも文字にするのも、気の滅入る言葉がある。「絆」である。

その心は尊くとも、昔の流行歌ではないが、

√ 言葉にすれば嘘に染まる・・・(『ダンシング・オールナイト』)。

宮城県石巻市には、市が自力で処理できる106年分のがれきが積まれている。すべての都道府県で少しずつ引き取る総力戦以外には解決の手だてがないものを、「汚染の危険がゼロではないものだから」という受け入れ側の拒否反応もあって、がれきの処理は進んでいない。

羞恥心を覚えることなく「絆」を語るには、相当に丈夫な神経が要る。

 

♦人は優しくなったか。賢くなったか。

一年という時間が発する問いは二つであろう。

 

中略

 

♦雪下ろしをしないと屋根がもたないように、降り積もった時間の〝時おろし〃をしなければ日本という国がもたない。

ひたすら被災地のことだけを考えて、ほかのすべてが脳裏から消えた一年前のあの夜に、一人ひとりが立ち返る以外、時計の針を前に進めるすべはあるまい。

この一年に流した一生分の涙をぬぐうのに疲れて、スコップを握る手は重くとも。

 

決して忘れてはいけないこと

4年前のこの新聞を読んだ時に衝撃が走り、おそらくどこかでその文章を読んで、新聞店に行き購入して、私のスクラップの中にしまわれています。

決して忘れてはいけないこと。

私の「保管すべきもの」ファイルにスクラップされています。


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執筆者 河端 孝幸
大学生時代に、地域の人々の役に立つ仕事がしたいと漢方の道に入りました。漢方の「か」の字も知らずに、なぜ、草とか根っことか葉っぱが効くの??という西洋医学だけしかやってこなかった私には疑問ばかり。
就職して半年くらいがたったころ、「病気は自然治癒力が治す」という小倉重成先生の本と出合い、漢方のすごさを知り、真正面から漢方を目指し今現在に至っています。
漢方の良さを知ってもらいたい。宣伝ではなく本当の気持ちや事実をお知らせしたい。そんな気持ちでこのサイトを立ち上げております。
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