
人を作るのはなんなのか。第二十五考
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まねるという事
ある会議で、なぜ実績で差があるのかを話し合って最後に出た答えがこれでした。
成長が早い人は、教えてもらう人の、あるいはこの人は!と思う人のしぐさや言い方、ジェスチャーまでも見習おうとしています。
また普通の人は聞けてない、見えていない何気ない言葉やしぐさを決して見逃さずに見たり聞いたりしているものです。
そして、いつも良い所を盗もう!真似しよう!と虎視眈々と耳をそばだて、眼を大きく見開いているものです。
できていない人は決して真似しようとはせずに我流になっている。だからいつまでたっても成長しない。
「真似る」は「学ぶ」と同じ語源
「真に似せる」から「まね」や「まねぶ」が生まれ、「まなぶ」という語が生じたという説や、「誠に習う」という意味から、「まなぶ」が生まれ、「まね」と「まねぶ」という語が生まれたというように考えられるのだそうです。
この事から、真似をするから学ぶことができるとも言えます。
成長の第一歩は、まねをするという事なのでしょう。
メンターを持つという事
森信三氏の「修身教授録」にも、読書の中に、必ず著名人の伝記を入れるのが良いと書かれていたことを思い出します。
自分が好きな歴史上の人物を思い描き、その人物になりきった時に、その人ならどういう判断をするのか。
織田信長なら、徳川家康なら、伊藤博文なら、大隈重信なら、福沢諭吉なら、安岡正篤なら、松下幸之助なら・・・・・・。
もっと身近で言うと、自分が手本にしたい人なら、どのような判断を下し、どのように行動するのか。
普段から自分自身のメンターやあるいは、色々な人のいいところを盗もうとする癖作りが、成長する糧になると思います。
まずは単純にその人の言い方や表情をまねをする。それから、なぜそのような行動をとるのか、その人の思考や主義主張をまねする。表面的な事から、もっと奥のその人の深層心理まで到達していく。
よく物まねをする方がいますが、顔が似ていて物まねを始めた方が、次第に考え方や雰囲気や、物の好き嫌いまで似てくるという事があるように、自分が幸せになりたいと思うなら、運のいい人のまねをすることが大切だと思います。
守破離ということ
日本古来の「道」を究めるための言葉でもあります。
守とは真似る事。徹底的に真似るには、それなりのスキルが必要で、師に仕えてその流儀を何度も反復練習すること。
それこそが、色々な道の奥義ともいえます。剣道であれば素振り、柔道であれば受け身。
どこまで行っても正確に深めていくことが守であり、一流人の根本なのでしょう。
ある有名人が言った事。
自分以外のすべての人がメンターであり我が師。
このような究極の考えを持ちたいものです。
※「河端孝幸のひとりごと」は漢方みず堂公式サイト「河端孝幸の読む漢方」へ移転しました
